WILL 14話 時空の継承者

「地を這うものは空に。空舞う者は地に。全ての力場を反転せしめん――重力反転リバースグラビティ

麒麟の詠唱とともに、幾度となくルージュの体が空中に舞い上げられ、地に叩き付けられる。
何度か、叩きつけられたダメージでルージュの唱えていた魔術の詠唱が中断された。
麒麟がカツンと蹄を鳴らすと、風が渦巻いた。風は透明な槍となってルージュを貫く。簡易動作でも発動させることができる、空術の攻撃術――ヴェイパーブラスト。
赤の法衣は、ルージュの血を吸ってところどころどす黒く染まり始めている。

けれどルージュも防戦だけではいられない。

「わが血、わが身に宿る魔道の叡智をもちて召喚に応えよ。わが魔力を糧に、紅蓮の太陽よ来たれ――ヴァーミリオンサンズ」

ルージュの詠唱が終わると同時に、青く晴れた空が一瞬にして漆黒の夜空に染め替えられ、ルビーの煌きが舞う。魔道王国の中でも一部の者しか使うことが出来ない、最高峰の攻撃魔術。資質を持ち、魔力を高めたルージュは詠唱を短縮することもできるのだが、圧縮呪文を用いて勝てる相手ではないと判断した彼は、正規の呪文と印を用いて術を完成させた。

砕けた紅玉の欠片と熱風が、麒麟の体に降り注ぐ。五色の毛並みのあちこちが焼け焦げ、鮮血に染まる。斑な染みが痛々しい。
けれど場に満ちた力の影響なのか、上空からの光が当たった部位だけ、麒麟の傷は少しずつ塞がりはじめていく。

術酒をあおり、無理やりにでも魔術を唱え……ダメージを与え続けてはいるものの――長期戦になればなるほど勝ち目が薄くなるのは明らかだった。
先にかけていた効果時間が切れる前にと、ルージュは自らを強化する補助術を重ねてかける。虚空に盾の幻影が現れ、ルージュを包む守りの力となって消える。
攻撃術と比べ、補助術は媒介とするカードを選び魔力を込めるだけで発動するため、さして集中の必要もなく発動できるのが救いだった。

「この場に宿る、すべての力よ。傷つけるもの、癒すもの。力を削ぐもの、与えるもの。全てを虚空のかなたへ消し去れ。ヴォーテクス」
麒麟の詠唱が終わると同時に、巨大な黒い球体が場に現れ――全ての光を包み込んでいく。

(な――強化を全て、打ち消した?!)

感心している場合でないのはわかっているが、未知の術を目にすると、半ば反射のようにルージュの精神は高揚する。どれだけ反発しようとも、やはり彼は魔道王国の術士なのだ。

「カードに刻まれし、禁忌の力よ。わが全ての魔力をもちて、わが敵を打ち砕け――」

秘術の詠唱に重ねられるように、麒麟の歌声が空間に満ちる。迷宮を進んでいたときとは雰囲気が異なる、攻撃術の詠唱にも似た――攻撃の意思が宿った、力強く澄んだ『敵を砕く』魔の歌声。麒麟の歌声と、詠唱が終わったルージュの背後に浮かぶ幻の塔からの雷鳴が真正面からぶつかり、両者の視界は白一色に染めかえられる。

閃光が引いたあとに何とか立っていたのは、紅の魔術師。
そして麒麟は、血溜まりの中に倒れこんでいた。

「――無駄ですよ。貴方が自分で言ったじゃないか」
――音波耐性がある敵には効かない。

髪をかきあげたルージュが示すのは、かつてジェラスからアセルスへと手渡された――精霊銀のピアス。
そして、先程の範囲術。
場の効果全てを打ち消す上位空術は、ルージュの補助術だけでなく、場に満ちていた光の癒しをも消し去っていた。麒麟の傷から流れる血が止まらない。
これではまるで、ルージュに倒されるために戦っていたようなものではないか。

目の前に横たわる、瀕死の聖獣の輪郭が靄に包まれ――現れたのは、黒髪の青年。
傍らに膝をつき、ルージュはジェラスを抱き起こす。
「どうして、こんなことを……」
姿が変わっていても、忘れることはできない――あの歌声。
マジックキングダムから旅立ってすぐに出会った彼こそが、空術の継承者。
紅の粒がひとしずく、ルージュの頬を伝い……閉じられたジェラスの瞼におちる。

「ああ、やはり私にはできないな――」
うすく目を開くと、かすかに苦笑いを浮かべたジェラスは、ルージュに血塗れの手を伸ばす。冷たくなりかけている指先が、そっと頬に触れる。
空術の資質が自分に譲渡されたのが、ルージュにもはっきりとわかる。
そして、資質だけでなく――脳裏に蘇る記憶。

 

幼い頃の自分とブルーと……今と変わらぬ幼女の姿のままで、ドウヴァンの巫女姫がともにいた。晴れわたる空を、ふわふわの毛並を持った背に揺られて飛んでいる。
自分たちを乗せているのは、先程まで戦っていた柔らかな鬣と淡い彩雲をまとった聖獣――麒麟。

ルージュには五歳以前の記憶が殆ど無かった。
何故か、自分そっくりの顔立ちで色合いだけが違う――蜂蜜色の髪と、蒼玉の瞳を持った愛らしい兄が、どこにいくにも自分についてくる姿だけは――やけに鮮明に覚えていたのに。
けれど、常識で考えれば、そんな小さな子供が自分たちだけで生きていけるわけがない。
当然、キングダムに連れ戻される前に、保護していた何者かが居たはずだ。

「僕は……いや、僕たちは。マジックキングダムで表と裏の学院に分かれて引き離される前に――ここに?」
「そう――ここは、行き場をなくした子供たちが、避難するための場なのだから」
立ち去ったあとはここに居たことを忘れるのだと、空間の守護者は告げる。

マジックキングダムの双子は、殺し合うことを義務付けられている。
それゆえに、物心がつく前に引き離されて徹底的に魔道王国の英才教育を受ける――筈だった。
我が子いとしさに、産後の回復もままならぬまま、双子を連れた母親が逃亡さえしなければ。
双子の母は赤子をドウヴァンの巫女姫に託し、息絶えた。
零姫は、自らも匿われたことがあったため、幼子の守護者の待つこの空間に、魔道王国の双子を匿った。

転機が訪れたのは、ルージュが五つになったときだった。ブルーの前に、母だと名乗る女性が現れた。顔立ちはもう覚えていない。白地に赤の文様の入った法衣を纏い、茜色の瞳が強く印象に残る女性。
双子に麒麟の空間から出るように呼びかけ――応えたブルーの姿が消えるのを目の前で見たルージュが驚いて、慌てて追いかけるように出て行ってしまった。

 

麒麟は助けを求める幼子を保護することはできても、自らの意思で旅立った者に干渉することは出来ない。双子の前に現れたのが、おそらくは魔道王国が差し向けた偽者だとわかっていても――どうすることもできなかった。

「他の、沢山の命を救うのに必要なことだったとしても――私は」

守護者である麒麟が死んでしまえば、子供たちもここには居られなくなる。
それがわかっていながら……ルージュを手にかけることが出来なかった――と、彼は告げた。

「……僕の魔力なら、どれくらいあれば空間を維持できる?」
ルージュの問いに、かすかに首を横に振って黒髪の青年は応える。
「塔の術ですべて使い果たしただろう――妖魔の剣なら、私を取り込むことができる」
妖魔やモンスターの吸収は特殊だ。生きているうちに、倒した相手を取り込むことで力を自分の一部にすることができる。
人間であるルージュが持っている状態で、吸収が発動するかは賭けに近い。
けれど、たとえわずかでも可能性があるのならば。

紅の魔剣が振り下ろされる、そのときも。黒髪の青年は穏やかに微笑んで、目を閉じた。
「ルージュ……私の命も、他の命も。君が背負う必要は無い――これは私の罪なのだから」

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