WILL 1章 第2話 資質と共に集まる仲間
―――光と影の織り成す神秘の迷宮へようこそ。 ここ、ルミナスは―――
発着場に流れるアナウンスを金属音が遮った。
シップから降りたばかりの二人は、唐突に聞こえてきた物騒な物音に眉をひそめる。
しかし、奇妙なことに他の乗客は何事もなかったかのように談笑を続けていた。
どういうわけか、誰ひとりとして発着場の外に出ようとはしない。
「おかしいな。この場所から『光の迷宮』が見えないはずはない」
ジェラスが、窓の外へ目をやりながらルージュだけに聞こえるように小声で呟いた。
不審に思った二人が周りに気付かれないように外に出ると、光に満ちた場所であるはずが一面闇に包まれていた。
足元に落ちていた、砕け散った石の欠片を目にしたルージュの顔が強張った。
「これは――人払いの結界?」
顔をあげたルージュの視界に、はるか前方での戦いの様子が映った。
髪に白い薔薇をあしらった女性と緑の髪の少女の二人組と、赤い鎧の騎士。
先程の金属音は、赤い鎧の騎士の一撃を少女の剣が受け止めた際のものらしい。
騎士が攻撃の手を緩める様子は無い。二度、三度とさらに剣戟の音が繰り返される。
「あの娘……ルージュ?!」
ジェラスが何か言いかけたそのとき、ルージュはすでに女性二人組の方へ駆け出していた。
「しまった!!」
ひときわ激しい金属音のあと、少女の手にしていたボーイ―ナイフは柄の部分からわずか10センチ程を残してまっぷたつに折れていた。
勝利を確信した騎士の顔に残忍な笑みが浮かぶ。
振り上げられた刃を前に少女が思わず目を閉じた。
傍らの女性も、続く残酷な場面を思い両手で顔を覆った。
――が。
少女の目前に迫った白刃は、動きを封じられていた。
剣にまきついた光の鎖は、ルージュの指先から伸びている。
「どういうおつもりですか? 相手は、女性ですよ」
「貴様、邪魔立てするのなら容赦せんぞ」
騎士は剣を使うことを諦め、空いている左手に火球を生み出すとルージュめがけて放った。
とっさに攻撃呪文を唱えたルージュの目の前で空気のはじける音がする。
続けざまに騎士は少女にも火球を放つ。
(――しまった!)
呪文を唱えていたのでは間に合わないと思ったルージュは、とっさに少女の前に割って入った。
「ちょっと!! どういうつもり?!」
いきなり目の前に現れた背中に、少女は抗議の声をあげる。
ルージュは呪文の詠唱を省き、簡易動作で術を発動させ炎の直撃を防いだ。
しかし、そのかわりに先程まで騎士を拘束していた魔力の鎖も消滅してしまう。
ダメか、と覚悟を決めようとしたとき、ルージュはジェラスが何かの呪文の詠唱を行っていたことに気がついた。
「――反転せしめん!!」
ジェラスの地についた左手から強力な魔力がほとばしる。
騎士の体が宙高く舞い上げられたかと思うと次の瞬間には頭から地面に叩きつけられていた。
「説明は後だ。来るぞ!」
ジェラスの言葉とほぼ同時に立ち上がった騎士は、ぐらつく頭を押さえ、足元がかすかにふらついてはいるものの、発する殺気は先程から少しも薄らいではいない。
「ヴァ―ミリオンサンズ!!」
呪文無しで発動させるのは至難とされる、魔法王国マジックキングダムにおいてさえ――使い手の数が限られている最高峰の攻撃魔術。
ルージュの声と共に、無数のきらめくルビーが天空から舞い降りる。
騎士を囲んだ宝石は、次の瞬間には粉々に砕け散り真紅の奔流と化していた。
「風よ集いて刃とならん。我が前に立ちはだかる敵、その清らなる槍にて千早振る心もろともに貫け」
呪文の詠唱が終わり、続けざまに完成したジェラスの術が騎士の甲冑を砕く。
「ぐふ……ッ」
片ひざをついた騎士の体は霧のようにかき消えた。
「ありがとう。助かったよ。私はアセルス。こっちは白薔薇さ。
――ところでお兄さん、達?」
お兄さん、でいったん言葉を切ったアセルスはかすかに怪訝そうな面持ちになった。
それを見てとったルージュは、かすかに苦笑する。
「ああ、僕のいたリージョン――マジックキングダムの正装なんだよ、これ」
ルージュは紅い法衣の裾をつまんで言った。
肩から流れ落ちる長い白銀の髪と、男性にしてはやや小柄な体格。魔力を高めるために身につけた装飾品。
キングダムの学園内では普通なのだが、他のリージョンからの来訪者からは服装のせいもあり、ルージュは女性に間違われることも珍しくなかった。
アセルスの反応に対して、彼は(今回もそうなのだろう)と結論付ける。
一方、ジェラスは女性に間違われるとは考えにくかった。アセルスの「お兄さん」は彼に向けられた呼びかけだろう。
ジェラスは決して筋肉質でも骨太でもない――というよりは、平均男性よりは細身の部類に入る。 すらりと背が高く、顔立ちもどちらかといえば中性的なつくりをしているが、 ルージュと並べば間違いなく男性に見えた。
術士にしては髪が短いのは珍しいのだが、一般的な人間の男性となれば髪が長い方が珍しいらしい。
お互い簡単な自己紹介を済ませたあと、宿で休息をとることになった。 ジェラスが手続きをしてくれている間、三人は先に部屋に向かっていた。
部屋についたルージュが備え付けの椅子にかけてくつろいでいると、白薔薇姫が訪れた。
「先程助けていただいたお礼といっては変ですけれど。 わたくし達を、貴方の旅に同行させては貰えないでしょうか?」
「それに私は剣も使えるよ。術士2人だけより心強いと思わない?」
彼女の後ろからひょっこり顔を出したアセルスが言葉を続けた。
「どのみち、わたくし達はあてのある旅ではありませんし――」
「え……いいんですか?」
驚くルージュに、アセルスは悪戯っぽく微笑んで答えた。
「じゃあキミは、女の子二人だけで旅をさせるつもり?」
「まさか!」
とんでもないと否定するルージュに、決まりだね、とアセルスは笑った。
白薔薇と共に自室に戻ろうとしたアセルスは、ふと思い出したようにルージュを振り返った。
「あ、そうそう。ルージュ、その喋り方やめにしない? これから一緒に旅する仲間なんだからさ。 私のことは、アセルスで良いよ」
じゃあね、と軽く手を振ってアセルスはドアを閉めた。
2002.4 初出 2004.1 加筆修正